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山口地方裁判所 昭和53年(ヨ)49号 判決

申請人

高野勝美

右代理人弁護士

坂元洋太郎

被申請人

宇部興産株式会社

右代表者代表取締役

水野一夫

右代理人弁護士

広沢道彦

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人は被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、金六三三万七三一七円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張(以下事実略)

理由

第一被保全権利について

一  申請人が、昭和五〇年三月小野田工業高等学校を卒業後、同年四月被申請人会社に入社し、同社化学事業部宇部窒素工場に配属され、同工場製造第一部瓦斯課に勤務していたこと、昭和五三年四月二八日被申請人会社に退職願を提出し、同日付で被申請人会社を退職したものとして取扱われていることは、当事者間に争いがない。

二  申請人が被申請人会社に退職願を提出するに至った前後の経緯を検討する。

1  事情聴取に至る経緯

成立に争いのない(書証・人証略)を総合すれば、次の事実が一応認められ、証人高野正助の証言中これに反する部分は措信できず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(一) 昭和五三年四月二六日午前八時三〇分ころ(以下年月日を掲げるに際しては昭和五三年を省略し、月日のみを掲げることとする)、宇部市厚南区第一原に居住し、被申請人会社に勤務する繩田昭二から、被申請人会社化学事業部宇部窒素工場総務部労務課労務第一係若槻秀彦係員に、「申請人が最近数度にわたって二人の若い男からリンチを受けており、警察にも電話したが何もないとのことで埓があかない。あまりかわいそうなので連絡するが、被申請人会社の方で申請人を保護することを考えてほしい」との電話による通報があった。右通報によれば、「四月二五日午後七時三〇分ころ、繩田昭二の娘で有限会社宇部メンテナンスに勤務する繩田文子が、買物のため近所の上杉商店に行こうとして同商店前の空地に差しかかった際、パチンパチンと何かを叩くような音がするので近付いてみると、右空地に自動車が止っており、車中に男が一人車外に男が二人いて、車外の男のうち一人がもう一人の車外の男の顔面を『まだわからんのか』と言いながら、スリッパ様のもので殴っていたため恐ろしくなって逃げ帰り、その旨を母に告げたところ、繩田文子の母は自身も四月二一日に同じ場所で二人の男の前で一人の男が土下座して謝っていたのを目撃しており、殴られているのは同じ人間かも知れず放置できないと考え、四月二五日午後七時四〇分ころ派出所に電話で右暴力事件を通報した。その後繩田文子の母が文子に代り、回り道をして前記空地を避けて上杉商店に買物に行ったが、その際の上杉商店の話では、暴力事件は今日(四月二五日)だけのことではないし、近所の噂では殴られているのは申請人らしいとのことであった。四月二五日午後九時ころ前記通報した派出所より繩田文子の母に電話があり、通報により現場に行き職務質問したが『友達同士でつい話している』とのことであったので警察としてはどうともできなかったとのことであった」というものであった。

(二) 若槻労務第一係員から右の報告を受けた今村労務第一係長は、部下の藤山労務第一係員をして、申請人の上司江本安之助瓦斯課瓦斯係長に右通報内容を報告させたところ、江本瓦斯係長からも、「心配していたがやはり暴力を受けていたのか。申請人は一月以降遅刻や無断欠勤が多く、現場責任者である主任より苦情が出ていたが、特に労務課に連絡することもなく、瓦斯課で代印による年休届の提出等により処理していた。またたびたび顔面に傷や打撲によるとみられる内出血が認められたこと、病気欠勤となっているのに申請人宅に電話すると不在で、父親からは申請人は会社に行っている旨の返答を受けたこと、一月から三月までの間自宅にいなかったようで、どこから出勤していたのか居所が不明であったこと、職場に外部からの電話がかかった場合、周囲の目をはばかるように机の陰に隠れて応対すること等から、組織暴力その他の非行グループ等の背景があるのではないかと憂慮していた」との報告を得た。

(三) 今村労務第一係長は、昭和五一年、昭和五二年と相次いで被申請人会社の従業員の組織暴力ないし非行グループに関係した暴力事件が発生していたこともあって、四月二五日の暴力事件が組織暴力ないし非行グループに関係があり、しかもその加害者が被申請人会社の従業員ではないかとの危惧を強くいだき、早急に事実関係を把握し申請人を保護するための方策をたてるべく、繩田文子からの事実確認等を進めると同時に、申請人からも事情聴取することとし、四月二六日午後一時三〇分ころ、藤山労務第一係員と共に申請人宅を訪問したが、申請人は不在で、父親の高野正助に尋ねるも所在は不明であった。また今村労務第一係長らは高野正助に四月二五日の暴力事件について問うたが、正助は全く知らないとのことであり、ただ以前申請人が、被申請人会社に同期入社した友人の田中孝典から殴られたことがあるので、今回も田中に殴られたのかもしれないとのことであった。次に今村労務第一係長らは申請人の保証人河口久春をその職場に訪ねたが、河口久春は申請人の最近の行状に関しては知らないとのことであった。

(四) その後今村係長らは、申請人が四月二六日午後四時から勤務予定であったので、帰社して申請人の出勤を待ったが、午後四時三〇分を過ぎても申請人が出勤せず何の連絡もないことから帰宅したところ、午後七時過ぎになって藤山労務第一係員宅に瓦斯課瓦斯係河面憲次主任より、「申請人が二時間四〇分遅刻して入門した」との電話連絡があり、藤山労務第一係員は、「特別の理由のない三〇分以上の遅刻入門は認められず、出勤扱いはしない。申請人に対し明四月二七日午前に労務課に来るよう伝えてくれ」と答えた。河面瓦斯係主任は、右の旨を申請人に伝えるとともに、午後七時過ぎから午後一〇時ころまでの間、申請人に対し遅刻の理由や同僚から聞き及んでいた四月二五日の件について尋ねたが、申請人は、遅刻の理由については自動車で島根県に行っていたが途中で車が故障したため遅くなったと答えたのみで、その詳細や電話で事前連絡しなかったこと等に関しては説明せず、四月二五日の件については、田中孝典と会っていると警察官が来たが、名前等を聞かれただけで何もなかったと言うだけであった。

午後一〇時ころ河面瓦斯係主任は、藤山労務第一係員に電話で、申請人に明四月二七日の労務課への出頭を申し渡したことを連絡した。

2  四月二七日の事情聴取

(書証・人証略)及び申請人本人尋問の結果中これに反する部分はにわかに措信できず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(一) 四月二七日午前九時ころ、申請人は江本瓦斯係長と共に労務課に出頭したが、申請人の顔面はどす黒くかつ腫れぼったくなっており鼻柱等には傷も認められ、一見して四月二五日の暴力被害の痕跡と推測された。今村労務第一係長及び藤山労務第一係員は、隣接の労務課会議室で、江本瓦斯係長同席で申請人に対する事情聴取を開始し、冒頭、今村労務第一係長から、聴取の目的は申請人を暴力から保護することと将来の正常な労務の提供を得ること、及び健全な職場秩序を維持するためであることを申請人に説明しその協力を求め、四月二五日の暴力事件等の真相を明らかにするよう求めた。しかし申請人は、四月二五日の件につき友達と話していただけで暴力沙汰はなかったと否定し、今村労務第一係長らの質問の都度三、四分程沈黙して答えないといった状況で、その真相及び詳細を話そうとしなかった。これを見た江本瓦斯係長が申請人に対し、「顔に証拠があるではないか。君の顔の傷は今日だけではない。被害にあっているならそのことをここで言ってくれ。そうしなければ君を保護する策もたてられないではないか」と説得したのに対しても、申請人は四、五分沈黙した後「何事もありませんでした」と答え、更に江本瓦斯係長が「ではその傷はどうしたのか」と問うても、「自転車修理中に鉄棒が倒れてきて打った」と明らかに虚偽としか思われないような返答をするのみであった。四月二六日の遅刻の件に関しても、今村労務第一係長らが説明を求めたが、申請人は、「島根県へ海を見に行った。自動車は被申請人会社化学事業部宇部カプロラクタム工場勤務の上野宏司君から借りた」旨のこれまた直ちに首肯しかねる返答をなすのみであったし、右以上の詳細な点については話そうとしなかった。また一月から三月までの間の申請人の居所等に関しても申請人はこれを明らかにせず、藤山労務第一係員において語気を強め「君は自分のした行為や住んでいた所も満足に解らないのか」と迫ったのに対しても、申請人は沈黙を続けるのみであった。

(二) 約二時間を経過した午前一一時ころ、今村労務第一係長は、このままでは何ら進展がないうえ、現状では申請人から正常な労務の提供を期待することは難しくまた暴力事件の拡大を防ぐには早急に真相を明らかにする必要があるため、申請人の父高野正助をも交じえて話合いを続行してゆくこととし、申請人に対し父親を同行して午後再度労務課に来ること、午後の勤務については既に変更の了解を得ているので引続き話合いに応ずることを伝えるとともに、翌四月二八日は公休となっているが、四月二九日からは就業規則に基づき出勤停止の緊急措置をとる予定である旨を伝え、午前中の事情聴取を終えた。

なお、右出勤停止の緊急措置は、懲戒の経過措置として減給以上の懲戒処分に該当すると認められる場合に賞罰委員会にこれを諮ってなすことができるものであるが、本件に関しては、賞罰委員長である西山総務部長において今村労務第一係長からの四月二六日の報告の時点で、背後に組織暴力が関連していると窺われることや申請人の勤務状況等に鑑み、出勤停止の緊急措置をとる必要性があるかも知れない旨今村労務第一係長に指示していたものであった。

(三) 今村労務第一係長は、右午前中の事情聴取における申請人の回答が不信をいだかせるものばかりであったため、前記宇部カプロラクタム工場勤務の上野宏司に同工場労務係長を介し事実確認をしたところ、四月二六日は上野宏司本人が出勤のため自動車を使用しており、申請人には貸していなかったことが判明するとともに、申請人は昭和五二年暮れころから家を出ており、先輩の家にいるのではないかとの情報が得られた。

(四) 四月二七日午後一時三〇分ころから、江本瓦斯係長に代って申請人の父・高野正助を加え、前記労務課会議室で再び申請人に対する事情聴取が開始され、席上今村労務第一係長、藤山労務第一係員は、午前中の申請人の回答が虚偽であることが判明したこともあって、より強く四月二五日の暴力事件等につき真相を話すよう求めたが、申請人は午前中と同様真相を語ろうとせず沈黙するばかりであった。「なぜ言えないのかその理由だけでも述べてくれ」との今村労務第一係長の懇請にも申請人は答えず、今村労務第一係長が「暴力事件を話すと仕返しが恐いのか」と述べたのに対しても、申請人は「恐ろしいことがないことはない。これからは真面目に働きます」と答えるのみであるので、同係長は、更に、「真面目に働いてもらわなければ困るが、四月二五日の暴力事件や居所不明問題、四月二六日の遅刻やそれまでの無断欠勤等を柵上げにして、真面目に働くという言葉だけを信用できない。報復の危険があれば会社としても全面的に保護するし、警察にも届けてもらえばよい」と勇気をもって真実を述べるよう強く説得したが、申請人はしばらく沈黙を続けた後、「話すぐらいなら辞めた方がよい」旨発言した。

右発言を聞いた父正助は、申請人に対し「父ちゃんが居て言いにくいのなら席をはずそうか。言いたくなければ紙に書いたらどうか」と言ってボールペンを申請人に渡し、藤山労務第一係員の持ってきたメモ用紙を机に置いたが、申請人は沈黙を続けメモ用紙に書くこともしなかった。

右経過の中で藤山労務第一係員は、申請人が「辞めた方がよい」とは言ったものの、退職願用紙を見せれば真実を述べる決心をするかもしれないと考え、労務課の部屋から退職願の用紙を取ってきて、これを申請人の机の上に黙って置いた。

その後も今村労務第一係長、藤山労務第一係員、父正助の三人がそれぞれ申請人に対し真実を述べるよう繰り返し説得を続けたが、午後三時ころ申請人が突然立ち上がり退職願用紙を取ってポケットにしまい込んだため、藤山労務第一係員が申請人に対し、「今晩一晩よく考えお父さんと相談しなさい。明四月二八日午前九時に労務で話合おう。その時点で気が変らなければ退職願を出せばよいではないか」と申し述べ再考を促がすとともに、四月二八日午前九時に再度話合いのため労務課に出頭するよう要請し、今村労務第一係長も父正助に対し今晩よく話し合うようにと述べ、四月二七日の事情聴取を終えた。

(五) 今村労務第一係長は、右事情聴取終了後その経緯を藤富労務課長に報告し、同課長から、できるだけ真相の追究に勤め、申請人が退職願を提出してきてもでき得るかぎり慰留説得すること、それにもかかわらず本人の退職の意思が堅く、退職を申入れてくるならば、通常の合意退職と同様に労務第一係長として退職願を受理、承諾してもやむを得ない旨の指示を受けた。

3  四月二七日夜の申請人の対応

(書証・人証略)を総合すれば、次の事実が一応認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(一) 申請人は、四月二七日午後七時三〇分ころ、田中孝典と二人で、ある先輩を介し、合化組合高宗執行委員宅において、同執行委員、同組合横山副組合長、同組合黒川書記長、同組合田村執行委員に会い、申請人が労務係から事情聴取され、黙っていたら退職願用紙を出され、言うか退職するかどっちにするかと迫られ、最後に明四月二八日退職願を持ってくるよう言われたがどうしたらいいかとの相談をなし、右四名の合化組合役員より退職願は全く書く必要がない旨教示を受けるとともに、右四名より申請人は合化組合ではなく同盟組合所属であるから、同盟組合の職場委員長である瓦斯課瓦斯係主任池上陽に、同盟組合でこのことを取り上げてもらうべく頼みに行くようにとの指示を受けた。

(二) 右指示を受けた申請人と田中孝典両名は、午後一一時ころ池上職場委員長宅に赴き、同人に対し、「申請人が、数回遅刻や無断欠勤しただけで、労務係から強制的に退職願用紙を受けとらされたので、職場委員会で取り上げてくれ」と要請したところ、これに対し池上は、「強制的かどうかは一方的な話を聞いただけでは判断できない。職場委員会で取りあげる前に事情を調査してみたい。とにかくその退職願用紙を預ろう。明日自宅で呼出に応じられるよう待機しておいてくれ」と答え、申請人から退職願用紙を預った。

4  四月二八日の事情聴取と退職願の提出

(書証・人証略)を総合すれば、次の事実が一応認められ、(書証略)及び申請人本人尋問の結果中これに反する部分はにわかに措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一) 四月二八日午前八時四〇分ころ、池上は出社と同時に労務課に赴き、今村労務第一係長に昨夜申請人と田中孝典両名が池上を来訪した旨を告げ、四月二七日の事情聴取の状況の説明を求め、これに対し今村労務第一係長は前記事情聴取の経緯を池上に説明した。これを聞いた池上は、前夜の申請人の訴えと全く異なっていることから、今村労務第一係長に「申請人を交えもう一度話をさせてほしい」と申し入れ、その結果労務課で前記のとおり予定していた申請人との話合いを午前一一時から行ない、これに池上が同席することとなった。

池上は、右話合いに先だって申請人から事情を確認すべく、午前一〇時に出てくるよう連絡をとったが、申請人はこれを違え午前一一時四〇分ころようやく出てきたため、池上は事前確認をあきらめ、申請人と共に直ちに労務課に赴いた。

このようにして、労務課に隣接の労務課会議室において、池上を交え前日に引続いての今村労務第一係長、藤山労務第一係員と申請人との話合いが始まり、今村労務第一係長が前日同様四月二五日の暴力事件、四月二六日の遅刻、一月から三月までの居所等につき質問を重ねたが依然申請人からの答えが得られないので、なお、「後の仕返しが恐ろしいのなら、会社としても全面的に保護の努力はするし、警察にも連絡しておきたい」と申し述べ勇気を出して事実を述べるよう強く説得するうち、申請人において「誰にも言わないか。他の人を罰しないか」と発言し、ようやくにして真相を語る気配がうかがわれるかに至ったものの、今村労務第一係長において「他言はしないが、処罰するか否かはこの場で決められる問題ではない」と返答するや、申請人は再び沈黙してしまった。

午後〇時過ぎころ、今村労務第一係長は、製造部第三部化成課で負傷事故発生の報を受け中座した。

今村労務第一係長が右中座後も沈黙を続ける申請人に対し、池上は「言えないのなら紙に書いたらどうか。何かあるなら身辺保護に労務が責任を持つというのだから、お任せした方が君の将来にとって良いのではないか。黙っていたのでは、他の会議を欠席までして私がついてきたことや、再度労務の人と話合った甲斐がないではないか」と説得に努めたところ、申請人が「四月二五日に何もなかったわけではない」旨述べたので、池上はなお強く真相を話すよう諭説したが、申請人は右以上には話そうとせず再び沈黙に陥いるのみであった。池上は、申請人に真実を語らせ立ち直らせるには厳しい態度をみせた方が良いと考え、午後〇時二〇分ころ「昨夜預った退職願用紙を返そうか」と述べ、預っていた退職願用紙は所持して来ていなかったため、藤山労務第一係員に依頼して改めて労務課から退職願用紙を持ってきてもらい、藤山労務第一係員はこれを申請人の机の上に置いた。

その後今村労務第一係長も戻り、同係長、藤山労務第一係員、池上の三人でこもごも退職願を出せば終わりであること、申請人を親身になって心配している関係者と悪い友人とどちらが大切か等更に説得を試みたが、午後〇時三〇分過ぎになっても申請人は沈黙を続けたままであった。今村労務第一係長らの昼食時間にもかなり喰い込んできていることから、池上は、今村労務第一係長に「同じことの繰り返しだが、もう五分間時間をくれ」と言って、申請人に対する説得をなお続けたが、午後〇時四〇分ころ申請人は机の上の退職願用紙を手に取るに至った。池上は「一寸待て。出したら駄目だぞ、後悔せんか。退職願を出したらもう元には戻らんぞ、後悔しないか」とたしなめ、今村労務第一係長も同様に諭したが、申請人はこれを聞き入れず、印鑑を瓦斯係の現場に置いているとのことであったので、池上がこれに同行し、その途中にも「後悔せんか。退職願を出しても自分の身体だ、今までの生活では生命を落とすぞ。退職願を出さんで何もかも言って生まれ変わったような気持でやり直せ」と繰り返しその翻意を促がしたものの、申請人は下を向してうなずくだけであった。

(二) 申請人は印鑑を持って労務課会議室に戻り、池上に対し退職願用紙にどのように書けばよいのか尋ねるので、池上が「一身上の都合と書くのだろう」と述べ、申請人が書くのをみていたところ、申請人が「一心」と書いていたので、「心ではなく身である」と注意し、申請人はこれを訂正のうえ署名押印した。

(三) 四月二八日午後一時過ぎころ、申請人は、右署名押印した退職願を労務課に戻っていた今村労務第一係長に持参した。その際今村労務第一係長は申請人に対し、「本当にこれでいいんだな。後悔せんな。退職願を出したら終わりだ。事実を言うより辞めた方がよいのかもう一度考えてくれ」と再度説得し翻意を促がしたが、申請人が「後悔せんです。いいです」と答えたため、やむを得ないものと判断し退職願を受取り、申請人に対し「四月二八日付で自己都合退職となる。賃金や退職手当については後日取りにくるように」と告げた。

5  退職願提出後の経緯

(書証・人証略)、申請人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば次の各事実が認められ、これを覆するに足りる証拠はない。

(一) 申請人から退職願の提出を受けた今村労務第一係長は、直ちに藤富労務課長にその旨報告し、四月二八日午後三時ころ同課長の指示により、通常の合意退職として申請人の退職に関する社内手続を開始し、五月一日午前決済権を有する被申請人会社化学事業部宇部窒素工場取締役所長米田大助から、申請人の四月二八日付自己都合退職の申入れを承認する旨の決済を得、五月六日申請人に対し四月二八日までの未払賃金及び退職手当の合計六万三七二八円の受領を電話で催告したが、申請人が受領に来なかったため五月二三日右金員を山口地方法務局宇部支局に供託した。

その後、五月二九日の同盟組合との賃金協定並びに昇格に関する協定により、三月二一日付で賃金改訂がなされたため、被申請人会社は申請人に対し、未払賃金及び退職手当の精算金合計四、〇九〇円の受領を六月二六日付封書で催告したが、申請人が右封書の受取を拒否したので、被申請人会社は七月一〇日右金員を山口地方法務局宇部支局に供託した。

(二) 四月二八日午後一時五〇分ころ、申請人の父・高野正助が、今村労務第一係長を訪ずれ、申請人に対する事情聴取のその後の進展を尋ねてきたので、同係長は、正助の来るのが一足遅く申請人は既に退職願を提出して帰った旨を伝えるとともに、四月二五日の件に関する前記通報の内容や退職願の提出に至った経緯を説明したが、正助からはこれに対し何ら異議等の申出はなく、その説明を聞き終えて帰った。

(三) 四月二八日午後七時ころ、前記宇部カプロラクタム工場勤務の上野宏司が、退職願の提出を聞き及び申請人宅を訪ずれ、申請人、申請人の父・高野正助及び居合せた前記申請人の保証人河口と午後九時ころまで話合ったが、その中で申請人は、上野が被申請人会社を辞めた理由を尋ねたのに対し、「自分が辞めれば済むことなので、自分から辞めた」旨を答えた。

(四) 四月二九日合化組合横山副組合長は、同副組合長宅において、申請人から退職願を提出した経緯を事情聴取し、その結果申請人からは、「労務から『四月二五日の行動はどうであったか。誰かに殴られただろう。交友関係を全部書け。暴力団との関係も調べはついているから書け』と言われ、これは友人の田中孝典君のことを言わせようとしていることがわかったので出鱈目を言ったら労務はよく調べていたのか全部出鱈目であることがばれてしまった。また最後には池上職場委員長からも退職願を書けと言われたのでもうだめだと思って書いてしまった」旨の返答を得た。横山副組合長は、申請人及び同席していた申請人の友人で同盟組合員である者らに対し、申請人の退職願提出については合化組合でも取り上げるようにするが、申請人所属の同盟組合にも取り上げてもらって退職願の取下げを被申請人会社に話してもらうように伝えた。

五月一日昼ころ合化組合金子組合長、横山副組合長、黒川書記長は緊急の三役会議を開き、申請人の提出した退職願の撤回を同盟組合でも取り上げるよう働きかけ、また申請人の父・高野正助からもこれを被申請人会社に要請するよう働きかけるとともに、合化組合としても所属組合は異なるものの、労務管理上の問題として申請人の問題を取り上げ、被申請人会社と事務接衝を持ち、事実関係を解明するとともに、不当と判断される場合には退職願の撤回を求めることとした。これを受けて同日午後四時ころ、黒川書記長が藤富労務課長に会い、事実関係の説明を同課長から受けたが、その際黒川書記長は藤富労務課長に対し、従前被申請人会社が行ない、かつ合化組合も評価してきた恩恵的な人事の扱いに比し、今回の申請人の退職願の扱いについては腑におちない点があるのでその善処方を要望する旨申入れた。

なお右三役会議の決定及び右事務接衝を持った件については五月一日午後五時から開かれた合化組合緊急執行委員会で承認された。

五月四日合化組合金子組合長、横山副組合長、黒川書記長の三役は再度申請人の件につき協議し、その結果金子組合長が申請人と面談しそのうえで合化組合としての対応を最終的に決定することとした。

五月五日夕方宇部市内の喫茶店で、金子組合長は、申請人と面談したが、その印象からは申請人が暴力団と関係があるとは思われず、かつ前記横山副組合長が聴取したと同様な内容の経緯がポツリポツリとではあるが申請人からあったことより、合化組合として申請人の退職願の撤回を被申請人会社に申入れることとした。

五月八日午後〇時ころ金子組合長は西山総務部長に会い、申請人の退職願提出の経緯についての事情説明を求めるとともに、退職願の撤回を申入れたところ、西山総務部長は、前記申請人が退職願を提出するに至った経緯を説明し、その撤回には応じられない旨回答した。

(五) 右に先立つ五月四日ころ合化組合横山副組合長は申請人の父・高野正助に対し、父として正助からも再度被申請人会社に退職願の撤回方を要請するように勧めた。

高野正助は、退職願の撤回につき申請人自身からは何も依頼されていなかったものの、右横山の勧めもあり、五月六日再度被申請人会社に今村労務第一係長を訪ね、退職願の取下げを要望したが、同係長は既に退職手続が完了しており、取下げはできない旨拒絶した。

(六) 五月一一日申請人代理人坂元洋太郎弁護士は、申請人の依頼を受け、申請人代理人として被申請人会社に対し、申請人の退職願の提出は被申請人会社の労務担当者らの強迫によるものであるからこれを取消す旨の意思表示を内容証明郵便でなし、右書面は五月一二日被申請人会社に到達した。

三  申請人は、被申請人会社が事情聴取に名をかり公序良俗に反する退職強要をしたもので申請人の退職願の提出は無効であり、然らずとしても右退職願の提出は被申請人会社の強迫によるものであるからこれを取消す旨主張する。

しかしながら前記認定の事実経過に鑑みれば、被申請人会社の今村労務第一係長及び藤山労務第一係員の両名が、四月二七日及び二八日の両日にわたって申請人に対し事情聴取を行なったのは、四月二六日の繩田昭二の通報により、四月二五日申請人が自宅近くで顔面を殴られるとの暴力被害にあっており、しかも近隣で噂になる程一切ならず被害にあっていることが判明し、また申請人の職場の上司からも一月以降遅刻や無断欠勤が多く、たびたび顔面に傷や打撲によるとみられる内出血がみられ、また自宅から通勤しておらないようで居所が不明であるなど、組織暴力が背後にあるのではないかと憂慮していたとの報告があったこと、現に四月二六日にも申請人は何らの連絡もなしに二時間四〇分も遅刻したこと、更には昭和五一年、昭和五二年と相次いで被申請人会社の従業員が組織暴力ないし非行グループに関連した事件を発生させていた例もあって、四月二五日の暴力事件が組織暴力ないし非行グループに関連し、しかも被申請人会社の従業員が加害者として関与しているのではないかとの疑いがもたれたことなどから、これをこのまま放置すれば過去同様の暴力事件が引続き発生しかねず、申請人から正常な労務提供を受けることが困難となるばかりか、申請人の身体の安全ひいては申請人会社の職場秩序維持にも重大な影響を及ぼすことが強く危惧されたため、その真相を解明し、申請人を保護することを目的としてなされたものであり、もとよりその目的は正当である。また、現に前記事情聴取は右目的に沿ってなされたものというべく、このことは、四月二七日午前には申請人の上司である江本瓦斯係長が、四月二七日午後には申請人の父・高野正助が、四月二八日には申請人の所属する同盟組合の池上職場委員長が、各同席のうえ事情聴取がなされていること、今村労務第一係長らが事情聴取の過程で真実を言わないのなら退職願を提出するようにと迫ったことは一度もなく、真相を述べようとせず沈黙を続けあるいは虚偽の返答を繰り返す申請人に対し、終始粘り強く真実を述べて被申請人会社の保護を受けるよう説得していること、四月二七日藤山労務第一係員が、四月二八日藤山労務第一係員をして池上が、申請人の机の上に退職願用紙を差し出したのも、これを契機として申請人が真実を話す決意をするよう期待したがためであって退職を迫る目的はもとよりなかったこと、退職願の提出は、四月二七日午後の事情聴取の中で申請人自らが突然「言うくらいなら辞めた方がよい」と言い出したもので、今村労務第一係長らは、かえってこれに驚き、一晩親子でよく話合って考えるよう申し向けて再考を促がし、四月二八日の段階においても退職願受理の直前まで何度となく退職願の提出を思いとどまるよう説得を繰り返したこと等、前記認定の経緯のとおりであって、被申請人に退職強要ないし強迫と目すべき行為のなかったことは明らかである。

申請人の前記主張はいずれも採用できない。

四  申請人は、申請人の退職願の提出は民法六二七条一項の解約告知に外ならないから、この効力発生前即ち二週間の経過以前であればこれを撤回できるとも主張するが、申請人の退職願の提出がその主張の如き解約告知であるとすれば、成立に争いのない(書証略)に明らかなとおり、被申請人会社の就業規則一〇二条により、申請人は退職願提出後も二週間は被申請人会社の職務に従事しなければならないところ、むしろ前記認定事実によれば、申請人の退職願の提出は、被申請人会社がこれを承諾すれば即時に雇傭関係から離脱する意思で合意解約(退職)の申入れをなしたものと言うべく、これに反する証拠はない。

そうとすれば、右合意解約(退職)の申入れを被申請人会社が承諾する旨の意思表示をなしたときに右合意解約(退職)の効力が発生すべきところ、前記認定事実に鑑みれば、その効力発生時期につき、四月二八日今村労務第一係長が退職願を受理、承諾した時点あるいは五月一日午前被申請人会社における退職承認の決済手続が終了した時点とも考え得るところではあるが、今仮に右効力の発生時期につき最も遅くみるとしても、申請人の退職願を今村労務第一係長が受理し、その承認の決済手続を経た後の五月六日、申請人に退職手当及び未払賃金の受領を催告した時点で合意解約(退職)承諾の意思表示があったと言い得ることは疑いの余地のないところであるから、少くとも右以降は合意解約(退職)申入れを撤回する余地はなく、申請人の主張中右五月六日の時点以降に撤回の意思表示をなしたとの部分はその余について判断するまでもなく失当である(もっとも五月八日合化組合金子組合長が申請人代理人として撤回の意思表示をしたとの点は、前記認定事実に明らかなとおり、申請人は同盟組合に所属していたもので組合を異にしており、金子組合長は合化組合として被申請人会社に撤回を申入れたものにすぎず、証人金子成の証言(第一回)中には右と異なるがごとき部分も存しないではないが、にわかに措信できず、他に申請人代理人として撤回を申入れたと疎明するに足る証拠は存しない。また五月一二日到達の書面で、申請人代理人坂元洋太郎弁護士が撤回の意思表示をしたとの点についてもこれを疎明する証拠はなく、むしろ前記認定事実によれば、申請人代理人弁護士がなしたのは撤回の意思表示ではなく、退職願の提出が被申請人会社の強迫によるものであるからこれを取消すとの意思表示をなしたものであることが明らかであって、いずれにしても申請人の主張は失当である)。

そこで前記五月六日時点以前に申請人の合意解約(退職)の申入れを撤回する旨の意思表示がなされたか否かにつき検討する。

四月二八日申請人の父・高野正助が申請人代理人として撤回の意思表示をしたとの点は、これを疎明する証拠がなく、むしろ前記認定事実によれば、四月二八日午後一時五〇分ころ高野正助が今村労務第一係長を訪ねたことはあるものの、同係長から申請人が退職願を提出したことを聞かされたのに対し、何ら異議を述べないで帰ったことが明らかである。

五月六日再度高野正助が申請人代理人として撤回の意思表示をしたとの点については、前記認定に明らかなとおり、高野正助が申請人の父としての情から独自の判断に基づき、今村労務第一係長に撤回を要望したもので申請人代理人としてしたものではないし、他にこれが申請人代理人として行なったものであることを疎明する証拠もない。

五月一日合化組合黒川書記長が申請人代理人として撤回の意思表示をしたとの点についても、前記認定事実によれば、黒川書記長は、申請人は同盟組合所属ではあるが、労務管理上の問題として合化組合でもこれを取り上げるとの方針の下に、合化組合として藤富労務課長に事実関係の説明と善処方を要望したもので、申請人代理人として行動したものでないことが明らかであり、他に申請人代理人として撤回を申入れたと疎明するに足る証拠も存しない。

右によれば、退職願の撤回に関する申請人の主張もまた失当たるを免れない。

第二結論

以上の次第で、本件仮処分申請は被保全権利の疎明がなく理由がないのでこれを却下すべく、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡宜兄 裁判官 紙浦健二 裁判官 上田昭典)

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